やくもとうずしおをがっつりと

「映画鑑賞感想」は配信やDVDなど自宅で見た映画、『映画「タイトル」感想』は映画館で観た映画の感想です。

18きっぷと横浜をがっつりと 2号車

18きっぷと横浜をがっつりと』は、12の記事を書いたところでしたが、改善したほうがよいという助言をいただきました。そこで、ブログとしては前代未聞でしょうが、記事作り直しを決意しました。1号車は何も変えていませんが、2以降は少しだけ変えます。今まで読んでくださった方やコメントをくださった方にはたいへん失礼ではありますがご容赦ください。内容はそれほど変えておらず記事の見やすさを変えました。今後とも何とぞひとつよろしくお願いいたします。
 それでは、3月12日からどうぞ。
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 3月12日、自宅から一番近い駅から私の旅は始まりました。早朝のまだ真っ暗な中、始発列車で徳島へ出てきました。無人駅から乗りましたので、18きっぷはまだまだまっさらです。ちなみにこれは高松駅で撮影したものでして、高松に着いたときはこのとおり、すっかり朝の遅めです。
 徳島を6:39に出る高松行普通2両です。(ちなみに最初に乗った徳島までの列車は1両でした。)高徳線を高松まで普通で行くと、距離のわりには所要時間が長いんですよ。2時間かかりますからねえ。特急だとすぐなのですが。非電化の高徳線、ごとごととキハ47は走っていきます。ゴゥゴゥとエンジンがうなります。電車じゃないからものすごく重く感じられる走りです。
 まだ徳島県内ではありますが、板野駅での停車時間が長く、途中下車しておきました。徳島県内の全駅下車を目指しているので良い機会だなと思ったのです。車内はとても寒いです。駅に着いてドアが開くたびに冷えます。この日は徹夜なのでだんだん眠くなってきて、高松までの途中で寝たりしました。気づいたら、香川県。この車内には他に18切符の客はいるのでしょうか。少し気になります。朝の列車ですから大勢の生徒が乗って、ある駅に着いたらブアーッと降りていきました。その中の男子が制服のチェックのズボンを腰より下で留めてあるのを見て(おまえら国母か)かと思ってしまいました。私も年ですね。讃岐津田から間違えて乗ったという客が、車掌に助けを求めていました。「大丈夫ですよ。お気をつけて」と声をかけていました。「お気をつけて」か、和むなあ。
 高松駅に到着、快速マリンライナーに乗り換えます。キハ47からいきなり新型電車です。めっちゃ速いです。走行音がゴトンゴトンからタタタタタタタタタに変わりました。眠気がどこへやら。この日から16日までしばらくの間、四国とはおさらばです。瀬戸大橋に差し掛かりました。画像の右手に瀬戸大橋、瀬戸内海を渡っています。

 瀬戸大橋を渡っている真っ最中。この光景が旅情に彩りを与えています。海を見ながら今朝のことを考えていました。今回の旅は、このブログで『18きっぷと横浜をがっつりと』を書くために少しでも多くの写メを撮ろうと考えていました。ただ、私はデジカメを持っていないのでケータイを使用せざるをえず、だから写メなのですが、そうなると携帯電話の電池残量が気になるわけですよ。今回の旅では充電が約束されているわけでもないし、そこで、使用しないときは電源を切っていました。さて、もうひとつ、今回の旅の前日まで親とはあまりよろしくない関係に陥っていまして、旅に出るということを言えずにいたのでした。結局、12日の早朝、暗い中、私はこっそりと音を立てずに家を出てきました。高松駅に私がいたのは朝9時、ちょうど親も起きていろいろやっているような時間帯ですが、マリンライナーを撮影しようと電源を入れたらちょうどそのとき親から電話がかかってきました。電話では、あまりにもあっけなく会話は終了しました。どこにいるのか、いつ帰ってくるのか、気をつけて行ってこい、という会話でして、親の声が怖いくらいやさしかったです。私が遠くへ行くこと、旅に出ることを親はあまりこころよく思わない節がありまして、旅に出るときはいつも「島根へ行ってくる」と嘘をこいています。島根なら安心らしいのです。まあ、私は長年島根で独り暮らししているからですけどね。
 そんなこんなで旅はいよいよ四国を出て、本州は岡山県に上陸です。快走してきたマリンライナー岡山駅に滑り込みました。あら、岡山駅、きれいになっているではありませんか。私にとって岡山駅は徳島と島根を結ぶ重要な拠点であり、現在は本州に出る際の拠点となっています。
 岡山駅では40分ほどの乗り換え時間がありまして、その間に当ブログの名前『やくもとうずしおをがっつりと』の由来となった2つの列車が岡山駅に停車していたのでした。画像の左手に特急やくも、右手に特急うずしおがいます。
 特急やくもを拡大したものがこちら。ちなみにこのやくも車両はこの頃改良された「ゆったりやくも」です。やくもを乗り降りしている人を眺めながら、島根で知ってる人がいないかな、なんて少し気になったりしました。
 特急うずしおを拡大したものがこちら。特急うずしおは高松と徳島を結ぶ特急で、1日に16往復ありますが、そのうちの2往復が岡山まで足を伸ばします。だから、岡山で特急うずしおを見るのは少し難しいです。今回は、時間がたまたま合いました。決して合わせたわけではないです。
 さて、この岡山駅から私は赤穂線で姫路を目指します。山陽線では参りません。今回の旅の目的は、新たに鉄道路線を制覇していくことですので。赤穂線播州赤穂行の普通列車はこちら。2両編成、ワンマンです。 岡山駅からの乗客が多く、11駅先の西片上まで座ることはできませんでした。旅はまだまだ長いからできれば座りたいんですけどね。赤穂線ってすごいですね。単線とはいえ、1線スルー化されているんですよ。でも、1線スルー化していることに意味はないでしょう。だって、速達列車がないのですから。1線スルーとは、駅を通過する列車が速度を落とさなくてもいいようにレールを直線にしていることを言います。さて、この赤穂線では3回以上は上下線の列車行き違いがあったと思います。でも、その行き違いのタイミングが絶妙でして、お互いの列車が駅で待たされることはありませんでした。徳島なら散々待たされるのですがね。駅での停車時間も短く、電車は播州赤穂まで軽快に走りました。ところで、電車って静かですね。徳島に住んでいる私からすれば、電車は本当に静かです。停車中なんてシーンと静まり返るではありませんか。
 この電車はワンマン列車でして、運転手が客の切符を回収する役目を負っています。ところが、多くの客が運転手に切符を見せることなく降りてしまいます。車内の構造が悪くて、運転手の眼の届かない状態で、客が降りてしまうことができるのです。こいつら、キセル乗車してるんじゃなかろうか。それに、ワンマン列車ということは、乗るときに乗車ドアの側で整理券を機械から受け取らなければならないのですが、知ってか知らずか整理券を機械から取らない客が多いのです。だから、降りるときに整理券無で降りようとする客がいて、運転手が客にどこから乗ったのか聞いて、その駅からの運賃をもらっているのですが、ウソこいてる客もいるような気がします。大丈夫なのか、赤穂線
 赤穂って大きな工場がありますね。このあたりの国道はすべて走りましたけど、やっぱ自分の運転で国道を走っているとなかなか眺めを楽しめません。その点、鉄道ならいくらでも眺められます。さてさて、岡山から75分かけて播州赤穂に到着しました。高松から岡山まで55分だったのですが、この20分の違いなのか、それとも途中で駅が多かったからなのか、岡山から赤穂までの75分が長く感じられました。播州赤穂駅での乗り換え時間はわずか1分、同じホームに停車している大阪方面の新快速に乗車して、姫路へ向かいます。新快速は赤穂から姫路まで各駅に停車しますが、駅と駅との距離が長くて、けっこうな速度で快走していきました。
 30分で姫路に到着し、下車しました。姫路駅では、電車が発車していくたびにプラットホームにメロディが流れます。こういう音楽を聴いたら「ああ、都会に来たなあ」と思えます。2008年夏に姫路駅に来たときはまだ工事中でしたが、今回は工事がほぼ終わったようで、駅は高架になっていました。

 さて、ここから播但線で寺前を目指します。播但線兵庫県西部の中心都市姫路と兵庫県北部を結ぶ路線です。単線でして、電化されていません。特急が走っていますが、汽車です。ところが、なんと電化されていました。これはだいぶ驚きました。姫路駅播但線ホームに入ってきたのは2両編成の電車でした。下の画像の濃い赤の電車が寺前まで行きます。2両ですが、ワンマン列車でして、運転手1人ですべてを仕切ります。後ろの2両目のドアは駅員がいない駅ではドアが開きません。前1両目の電車の後ろのドアから乗って整理券を受け取り、前のドアから降りるときに運転手に整理券と切符もしくは運賃を渡すというシステムです。乗車しますと、向かいの席におばあちゃんが座りました。すると、このおばあちゃんがテープレコーダで音楽を聴いているのです。イヤホンを使わずに。テレコから音垂れ流しで。まあ、そんなに大きな音ではないので、他の客も気にしないように努めているようです。聴こえてくる音楽は、50年前のバーで流れているようなものでした。どう説明したらいいのか。サックス? いや、違うかな。
 寺前まで40分、ほとんど寝てしまいました。でも、少しは起きていましたよ。播但線は海から離れて内陸へ進んでいきます。両側にだんだん山が迫ってくるのですが、思いのほか山が険しいなと思いました。寺前が近づくにつれ、山が雪で白くなっていくのでした。
 寺前駅に着くと、そのあとすぐに特急が姫路からやってきました。特急はまかぜ、汽車でした。播但線は寺前から非電化です。どうせ、はまかぜなんて本数も少なくて客も少ないだろうと思いきや6両もつないでいまして、けっこう乗っていましたよ。鉄道に大勢の客が乗っているのを見ると、その路線はまだまだ安泰だなと思って安心します。
 こちらの画像は、寺前駅の車両引き込み線にいた、別塗装の電車です。播但線沿線の生野というところには生野銀山というものがありまして、室町時代から江戸時代まで銀が採掘されていました。その生野銀山を現在では観光地として客を呼び込むために電車もこうして塗装をしているのでしょう。
 さてさて、寺前駅での乗り換え時間は56分もありまして、だいぶ暇です。というわけで、徳島県板野駅以降、久々の途中下車をしました。板野駅で改札を通るとき、駅員がほかの客の対応に追われていて私にはかまってくれなかったので、板野駅での改札で私の18きっぷに判が押されませんでした。しかし、この寺前駅でとうとう初めての判が押されたのです。下の画像が寺前駅入り口です。寺前駅は工事中で、この画像の周りは工事だらけでした。
 14時です。だいぶおなかがすきました。だって、家を出るとき何も食べなかったし、寺前まで来る途中で何も口にしていないのですから。水分も取ってないんだぜ。駅前には銀山ラーメンなるものがありましたが、うーん、なんとなく食べたいという気持ちが出てこなくて無視しました。寺前駅に着く直前に、電車からスーパーマーケットが見えたので、歩いていくことにしました。すぐ近くにありました。入店して、何か地元独特の食べ物はないかなと探しましたが、見当たりませんでした。何も買わずに店を出ました、すみません。結局何も食べずに駅前をぶらぶらしました。古い建物が多くて風情のある駅前でした。
 次の列車の発車時間が近付いてきたので、駅に戻り、駅員に切符を見せて、次の列車に乗車しました。今回の旅で二度目の1両編成ワンマンです。キハですよ、キハ。徳島以外でキハを見るとなぜかテンション上がります。徳島のキハ1両のときはトイレがついていないのですが、このキハにはトイレがありました。ドアも手動ではなくボタンで開け閉めできます。けっこう改良されていますね。下の画像が播但線のキハです。寺前を出ると、徹夜だった私は眠くて眠くて寝てしまいました。終点の和田山まで50分間ほとんど寝てしまいました。ところで、なんか指がべとべとするなあ、と思ったら顔からいっぱい脂が出ていました。うお、きたねえ。ティッシュで拭きましたよ。

 和田山に着きましたよ。和田山といえば、私にとっては給油ポイントなのです。補給基地ですよ。私は鉄道路線制覇を目指していますが、国道制覇も目指しています。島根に住んでいた頃、東日本の国道へ向かうときはいつもこの和田山を通っていました。この和田山という場所はガソリンが安くていつもこの和田山で給油していました。和田山駅から山陰本線で東の福知山を目指します。和田山で電車が来るのを待っていると、生徒5人くらいと先生の団体がいました。その生徒たちなのですが、髪型とかが昭和40年代なんですよ。当然染めていないし、女の子2人が三つ編みのおさげツインテールってやつですよ。化粧なんか絶対してないし。観察している電車が来ましたよ……うおおおおお新車が来たああああ! 以前、鉄道の雑誌でJR西日本の閑散路線に新快速車両をもとにした新型普通電車が登場したという記事を読んだことがあったのですが、それが今やってきたのですよ。テンション上がるわ! ところで、私が撮影した電車の画像、ライトの赤いものが多いでしょ? ライトが赤いのはお尻である証拠でして、先頭車のライトは白いのです。ちょっと、まあ、本当なら頭のほうを撮るべきなのですが、ほかのお客様のご迷惑となりますし、ケータイで撮影している私の姿が恥ずかしいというのもあります。電車に乗りました。この新型電車も2両ですが、ワンマンなので駅員がいない駅では後ろ2両目のドアは開きません。乗り降りは前の1両目だけです。
 さて、向かいに座っている若い方が読書をしていらっしゃるのですが、その本がね、新聞の折り込みチラシに包まれているのですよ。何を言っているのかわからないと思うが俺も何をされたのかわからなかったですよ。よく見るとチラシでうまいぐあいにカバーを作っていて、それで本を包んでいるのです。すげえ!
 和田山を発車すると和田山の町がある盆地を抜けて山の間に入ってきました。近くには国道9号線が走っています。なつかしい国道です。何度も何度も、幾度となく走った国道です。しかも、この辺りはお世話になった後輩様の実家があったところです。私が、自分の地理知識を総動員してその後輩から家の場所を聞き出して調べあげたのでどの駅が一番近いのかも知っています。ところで、車で9号線を走っていたときは眺めが全然違います。車と電車ではこれほどまでに光景がちがうのですね。何よりも車だと私は運転しているからだいたいは前の車のケツを見ているか、ちらりとわき見するだけで、ほとんど光景を楽しめないのですがね。
 このあたりの山陰本線は単線です。行き違いしてくる特急が遅れているとのことで、4分ほど途中の駅で停車しました。それで、電車から面白いゆるキャラが見えたのですが。そのゆるキャラとは、「18きっぷと横浜をがっつりと」のその1で紹介したゆっくりちゃんです。撮影しようとしましたが、少し遠くて私のケータイでは無理でした。それにしても、残雪ですね。


 兵庫県を出て京都府福知山にやってまいりました。北近畿地方の中心都市ですな。4分遅れの到着ですが、次の電車までまだ10分以上あるので大丈夫ですよ。かなり寒い! 時間があるので、福知山駅も改札口を出ました。福知山駅は高架駅で、きれいです。まだできたてなのかな。駅構内には18きっぷを宣伝するものがありました。近くの小学生がつくったようなものですが、誰がつくったのか書いていないのでよくわかりません。全国の有名なものが描かれています。福知山駅の中にはミスタードーナツ餃子の王将がありましたよ。福知山駅のくせに生意気な! 福知山って人口のわりに駅が大きいですなあ。駅周辺も栄えているような感じでいいところですな。地方都市の駅ってだいたいは死んでますけど、福知山はそうじゃないですよ。しかも、駅の南側にはヤマダ電機やスポーツ用品のヒマラヤもあります。こういう郊外型店舗が駅近くにあるなんてうらやましいな。町としてはとてもいい町なのではありませんかね。活気のある福知山でした。さて、福知山を出ました。ここから乗る電車である東舞鶴行は途中まで山陰本線で、綾部というところから舞鶴線に入ります。綾部の町に入ると「グンゼ研究所」というものが見えました。これがもし旅番組だったら「なんでしょうね、気になりますね。ちょっと行ってみましょうか」ってなるのでしょうが、私は先を急ぎますので綾部で降りたりしませんし。降りてたらブログのネタとしてはよかったんでしょうけどねえ。いよいよ日本海側にやってまいりましたよ。西舞鶴に停車しました。京都行の特急を待つ乗客の長い行列がありました。舞鶴には西舞鶴と東舞鶴という大きな駅が二つありますが、どうやら西舞鶴のほうが大きな駅のようです。終点東舞鶴に到着です。ここでも乗り換えに44分ありますので、駅の外に出ました。
 東舞鶴駅が高架駅だということは知っていました。あれ? 東舞鶴駅に来たことなんてないのに、なぜ高架駅だということを知っているのでしょうか、わかりません。もう、どうしようもなくおなかが空きました。福井でごはんを食べる予定にしていましたが耐えられそうになかったのです。東舞鶴駅前のショッピングセンターにマクドナルドを発見しました。今日3月12日は平日だからポテトを食べることにしました。ポテトLを注文、150円です。ポテトLを店内で食べていると、どっと疲れが出ました。徹夜だったし。それにしても体がだるいです。電車に揺られていただけなのですがねえ。腹が減っているからたかがポテトがうめえよ。少しばかり店内でボーとして、駅に戻りました。
 ここから私が乗る路線は小浜線です。(小浜はおばまと読みます。オバマ大統領が誕生したときはやたらとコラボみたいなことをしようとしていましたね。)若狭の海沿いを駆ける路線です。2003年に電化されました。閑散とした路線で利用者が少ないわけですが、匿名の寄付と地元自治体によって電化が実現したようです。匿名の寄付って常識的に考えて関西電力ですよね。若狭地方は関西電力原発が林立していますから。下の画像が小浜線の車両です。2両編成、ワンマンです。やはり後ろの2両目は駅員のいない駅ではドアが開きません。それにしても新車です。なかなかいい車両ですわ。小浜線は東舞鶴から敦賀まで約80キロ、2時間かかります。電化されているとはいえ軌道があまりよろしくないようで、時間がかかります。激しく揺れました。東舞鶴を出た頃から徐々に暗くなっていきました。私は、疲れがたまってきて眠ってしまいました。1時間は眠ってしまいました。起きたら、すっかり真っ暗でどこを走ってんのかなと思ったら小浜市を過ぎたあたりのようです。ずっと国道27号線と並行しています。トラックの明るいライトが数多く見えます。国道27号といえば、よく走ったなあ。島根から東日本へ行くときの近道だったんですよ。私が車中で何をしているかというと、車窓にかぶりつくか、車内で面白いことを探すか、寝るか、の3つなのですが、暗くなってしまうと車窓がわけわかんなくなるし、車内で面白いことなんてなかなかないしやることがないわけです。それで、小説を読もうとするわけですが、うーん、まだ眠いんですよ。ここでやらなければいけないことを思い出して、提出期限がこの終わる16日の翌日ですから、帰宅してからでは間に合わないということで今考えることにしました。それは山陰大学しりとり研究会で発表しておりますので。それにしても小浜線も単線ですが、上りと下りの電車の行き違いがとてもスムースです。駅で待たされることがありません。いいなあ、ダイヤがしっかりしてんのかなあ。
 長かった小浜線もいよいよ終わり、敦賀に到着しました。ここからは北陸本線です。敦賀駅か、何もかも懐かしい。2001年夏、まだ国道制覇にも目覚めていなかったときにこの敦賀駅から大阪まで電車に乗ったことがあります。当時の私は航空機が乗り物の中で一番好きで、全国の空港巡りをしたり、航空機で日本一周したりしていました。

 ここから乗る電車は北陸線福井行です。ホームに停車している福井行電車を見てめちゃくちゃテンション上がりました。だって、見るからに古い車両なんですよ。クハ455という電車ですが、塗装がとっても古いです。懐かしの国鉄カラーみたいな塗装です。汽車で古いとあまりテンション上がりませんが、電車が古いとテンション上がります。しかも6両編成なんですよ! 長い! そんなにつないで客が乗るのでしょうか。北陸本線は、特急は本数が多いですが各駅停車は本数が少なくて特急以外の利用者が少なそうなのですが、もしかしてそうでもないのかな。とにかくテンション上がって乗車すると、なんとこの車両、客室とドアの間に仕切りがありますよ! 客室へ入ろうと思ったら室内ドアがあるんですよ! すげえ! これは雪国だから? 寒いから仕切りがあるのでしょうか。それとも、昔は急行に使われていた車両なのでしょうか。
 さてさて、敦賀駅で発車を待っていると北陸本線のスターである特急サンダーバード大阪行と富山行の両方がやってきました。サンダーバードは9両なのですが、なんとほぼ満席、グリーン席まで埋まっているではありませんか。大人気ですね。このサンダーバードから降りてきた乗客がこの普通列車に乗ってきまして、この普通列車もけっこう席が埋まりました。私は公共交通機関のことが心配ですから、あまり空席が多いとしょぼんとするし、こういうふうに席が埋まって客の多い光景を見ると安心します。富山行サンダーバード敦賀を出ると福井までノンストップでして、敦賀と福井の間にある町へ行こうとしている客がこの普通列車に乗り移ってきたようです。
 福井行普通が発車しました。福井まで50分です。敦賀を出るとすぐにトンネルに入りました。このトンネルがけっこう有名な北陸トンネルでして、この普通列車が通過するのに10分近くもかかってしまいました。13000メートルありまして、1972年までは最長でした。また、このトンネルの途中で電源の切り替えがあります。直流と交流の切り替えのために、電車は走りながら一瞬真っ暗になります。北陸本線は全然揺れません。揺れないということは保線作業をせっせとやっているということでしょうか。駅と駅との間が長く、ほぼ直線なのでこの普通列車もかなり速度を出しています。モーターがものすごく高い音を立てています。電源切り替えがあったりすると「北陸に来たなあ」と思えます。それにしても北陸本線の特急と普通の格差には驚きます。10年以上前、もっと前に金沢まで家族と特急で来たことがありますけど、そのときも普通列車がしょぼかったという記憶がありまして、当時と全然変わっていません。和田山から敦賀までずっと新車だったのに、北陸本線だとこんな車両になるとはねえ。北陸本線は特急にしか力を入れてないのでしょうね。
 それと、この旅で初の検札がありました。トンネルを抜けるまでに女性車掌がやってきて、1人1人の切符を確認していったのです。そうそう、女性車掌ですけどね、この旅の途中で大勢の女性乗務員の乗る列車に乗りましたが、みんな声がいいんですよ。基本的にかわいい声なんです。これって、やっぱ入社試験のときにそういう選び方をしているのでしょうかね。男性車掌の場合、鉄道独特の何を言っているのかわからない案内放送がありますけど、女性車掌だとはっきり聴きとりやすいです。車掌の顔を見てみたいのですが、目が合う嫌なので顔を見ないのでした。
 女性乗務員について、JR四国は女性駅員が多いです。たとえば徳島駅の場合改札口がほとんどの時間、女性駅員だけになります。でも、そんな駅は四国以外では珍しいのではないでしょうか。ただ、JR四国では女性乗務員を見たことがほとんどありません。それにたいして、JR西日本JR東日本では女性乗務員が多く、駅では男性駅員ばかりだと思うのです。また、JR四国の女性職員は年齢が上の方もいらっしゃるように見えますが、四国以外だと若い女性職員ばかりです。うーん、これはいったいどういうことでしょうか。だれか、調べてくれたまえ。
 途中、いくつかの駅に停まりましたが、ホームには除雪機がありまして、ホームの外には大量の雪がありました。3月ですが、北陸はまだまだ冬です。
 さて、福井駅に到着しました。今日の目的地は福井よりさらに先の金沢なのですが、金沢行普通列車まで50分ありますので、駅を出ました。ここでごはんを食べる予定です。福井はソースかつ丼が有名らしい(桃鉄にもあったような気がする)ので、事前に駅近くのソースかつ丼を調べておきました。数分道に迷いましたが、店を発見しまして、入店。店は小川屋です。吉野家などと同じ形式の店内です。ロースかつ丼大盛り580円を注文しました。すぐに出てきました。揚げたてをさらさらの甘いソースにどっぷりとつけたとんかつがごはんにのっています。とんかつは3口ほどの大きさのものが5枚です。衣はうすく、パリとしていません。肉はうすいですが、5枚だからいいんじゃないでしょうか。肉がかたくて筋が多いです。まあ、580円ならこれでもいいんじゃないですか。ところで、長野県の伊那地方もソースかつ丼が有名で、いくつかお店がありますけど、辰野にまつくぼというお店がありまして、ここのソースかつ丼はおいしいです。おすすめです。
 店を出て、福井駅に戻り、駅の反対側に出てみると光り輝く塔がありました。この塔ってゴジラガメラに破壊されたことがありませんでしたっけ。 …………今回の旅は暇つぶしの一環としてたばこを用意していたので、ホームの喫煙所で吸おうと思ってホームに出たのですが、喫煙所がないんですよ。あれれ? なぜだ。今までの駅はすべて喫煙所があったのですが。福井駅周辺は、新幹線乗り場の建設が行われていました。福井〜大阪の新幹線はまだルートが決まっていませんが、どうなるのでしょうね。
 さて、ここからは本日最後の電車となります。と思いきや福井駅で新型普通電車を目撃しました。何だ、北陸本線にも新型普通があるんですね。で、金沢行普通電車を待っているとやってきたのは敦賀から福井まで乗ってきたものと同じ電車がやってきました。同じく6両です。しかも、車掌が同じ方でした。あら、なんだか恥ずかしい。まあ、向こうは憶えてもいないだろうし何とも思ってないんだろうけどな。
 今日3月12日は古いダイヤグラム最後の日でして、明日から新しいダイヤグラムとなります。そのための模様替えを福井駅では行われていました。なんだかいい場面を見たかもしれないです。何かが変わる瞬間ってやつです。
 福井駅を発車しました。北陸本線を快走していきます。初めて金沢に来たときに気になっていた電車があります。それは白くて屋根の高い普通電車です。寝台列車のように丸くて高い屋根なのに、普通電車として走っているなんておかしいなと思っていましたが、それを今回もたびたび目撃しました。やつはいったい何者でしょうか。この電車の謎はこの旅の中で解決されることとなるのでした。
 さて、金沢が近付くにつれて私はとんでもないことを思い出したのです。(そういえば、石川県にはお世話になった先輩がいらっしゃるではないか。ああ、どうしよう、何も言わずに来てしまった。いまさら連絡を取っても石川での滞在時間はわずか6時間だしどうしようもねえな)と考えていました。でも、黙って通過するのもなんだかアレだし一応連絡を取ってみたのでした。まあ、これと言って、どうしようもなく、私はメールで謝るだけでした。
 電車は石川県に入り、加賀温泉駅に停車しました。この駅で電車は10分以上も停車するということで、いい機会だから途中下車しておこうと思いました。この駅は大きな駅で、特急も停まります。改札口では駅員の姿がまったく見えなくて、現れるのを待っていたら時間がなくなりそうだし、私の持っている切符は駅の出入り自由なので黙って改札口を通っていきました。真っ暗なので駅周辺がどんな感じかよくわかりません。でも、駅の建物はかなり大きなモニュメントのようになっているということはわかりました。さて、電車に戻ろうと改札口を通ろうとしたら駅員が奥のほうにいます。切符を見せたのですが、「どうぞ」と言うのです。あんな奥から私の切符が見えるはずもなく、私は駅員が近付いてくるのを待っていました。すると2度目の「どうぞ」がきました。こんどの「どうぞ」は(わかったからさっさと通れ)という感じでした。まさか、あんな遠くから俺の切符がどういう切符なのか見えたというのか! 信じられん!
 ホームに上がろうとしたら風情のある案内看板が見えました。それが下の画像です。ただの行き先案内ですが、なんとなく(あ、これはすごいなあ)と思いました。少し古くて、しかもはるかかなたの青森、上野などの行き先が示されていたのです。今では加賀温泉から上野まで行く列車が消えてしまいました。それでもまだこの看板は残っています。いい感じの旅情が感じられました。
 ホームに戻り、電車に戻ると、乗客が1人もいない! やった、貸切状態になってしまいました。さて、私の電車ですが、なぜ加賀温泉駅で長々と停車したのかというと、2本の特急が追い抜いていくからです。そのうちの1本が隣のホームに停まりました。特急雷鳥でした。車両が485系ということで思わず撮影しました。この車両も古くて、引退間近です。485系といえば、国鉄時代の都市間輸送を支えた名車だと思います。しかも、クリーム色に赤というラインがかっこよすぎるというか絶妙の塗装です。今の列車の塗装はどいつもこいつもあまりに突飛で変わっていてよくないです。国鉄時代の塗装はすばらしい!
 それにしてもこの普通電車、北陸本線ですから駅と駅との間が長くて普通電車に乗っているという感じがしません。私が毎日乗っていた徳島のJRは駅間距離が短かったし、大阪や東京では駅ばかりですから、北陸本線のような感覚は新鮮です。
 金沢より1駅手前の西金沢駅で降りて、金沢の中心部片町まで歩く予定だったのですが、雲行きが怪しいし、少しでも荷物を減らすために傘を持ってこなかったので金沢駅で降りることにしました。ちなみに私は以前北陸本線米原〜金沢間を乗っているので西金沢で降りても問題はないのでした。
 23時24分、今日の移動が終了しました。金沢駅に到着しました。ここから金沢中心部まで徒歩です。今夜の金沢駅では大きなイベントがありました。皆さんもニュースでご覧になったのではないでしょうか。金沢と上野を結ぶ寝台特急北陸最後の運転だったのです。もうひとつ、同じ区間を走る急行能登も定期運転を終えます。ただ、寝台特急北陸も急行能登も既に金沢を出発したあとでして、その姿を見ることはできませんでした。きっと、大勢の撮り鉄(事件があったり、寝台特急北陸と能登によって有名になった言葉でしょう)がいたのでしょうが、今はその姿がありません。金沢駅は将来北陸新幹線の終点となります。ただ、駅周辺や駅そのものの工事は終わっているようでした。駅東口は巨大なモニュメントがありました。暗いから撮影不可能ですが。
 さてさて、この金沢駅から中心街の片町まで歩くとけっこう遠いです。もしかしたら1時間かかるかもしれません。でも、タクシーなんか絶対使わないです。今回の旅は資金的にけっこう厳しいのです。だからこそ片町までわざわざ歩いてネットカフェで寝ようとしているのです。体力がないのできついですが、しかたないですよ。できるだけ軽くしてきたリュックが重くのしかかります。
 夜中の金沢、高層建築が多いです。見上げるような高さのビルがけっこうたくさんあります。金沢ってそんなに大きな街ですか。北陸の中心都市で、人口も四十万とはいえ、こんなに大きく感じられますかね。でも、裏路地をのぞくとそうでもないようで、ビルがありません。目的地と思われる付近に着きました。歩きはじめて25分です。市場みたいな商店街があります。たぶんこのあたりだろうと思ってネカフェを探したのですが全然それらしきものがなくて、どうやらここではないということがわかりました。だいぶ迷いましたが、片町のネカフェはまだまだ先のようです。さらに歩いて、もうへとへとで、リュックがとんでもなく重く感じられるようになったところでようやく片町に着きました。ここまで来る間にタクシーが私に向かってクラクションを鳴らしてきました。旅人に見えたのか、乗れという合図を送ってきたのでしょう。でも、私は無視しました。本当は乗りたいよ!
 ネカフェで手続きをすませて、4時間パックでソファの部屋に入りました。「当店のサービスを今後もお受けになりますか」と店員が言いました、私が苦笑いしながら首を傾げると「もういらっしゃることはないですよね」とすぎに引き下がっていきました。旅で泊まるだけだということをすぐに理解したのでしょう。きっと私みたいな客はたまに来るのでしょうね。
 既に日は変わって、3月13日、ソファでゆっくり休むのでした。ああ、疲れたよお。ちなみに、このネカフェから「18きっぷと横浜をがっつりと 1号車」をお届けしました。
 このあと、早朝の列車で富山へ向かいます。金沢から先の北陸本線はまだ乗ったことがありません。
つづく。