やくもとうずしおをがっつりと

ほぼ毎日19時更新。「映画鑑賞感想」は配信やDVDなど自宅で見た映画、『映画「タイトル」感想』は映画館で観た映画の感想です。旅日記もたくさんやっています。

小笠原諸島へ行ってきた その7(全9回)

↑カメの玉子を使った台湾カステラとシュークリームです。味はカメだよと言われてもわかりません。普通のよくある味です。

↑刺身盛り合わせ

↑小笠原のビール

↑アオウミガメの刺身。ルイベになっています。味は、ローストポークに近いかもしれません。

↑島のミニトマト

 さて、このあとは延期になっていた星空ツアーへ行ってきました。見えたのかというと曇っていて見えませんでした。残念!!! 夜になるとなぜ曇るのか!!! 3夜連続で星空ツアー失敗です。小笠原の空はだいぶ期待していたのですが。

 念のため星を見る場所までは連れていってくれました。その場所が戦時中の飛行場跡です。私がレンタカーで行ったところですね。雲の切れ目はあるものの、晴れる気配がないまま中止になりました。ガイドさんがいろいろ教えてくれまして、島で使う小型ボートを注文しておがさわら丸で運んでくると運賃が中古車買えるくらいの価格になるそうです。ぎゃあ。しかも、それでもおがさわら丸に積み込むのに2ヶ月待ちですってよ。

 コンテナに入らない大きなものはそういう感じになるそうです。

 離島は離島でも遠く離れた島はたいへんだ……。

 さて、このあとは日付変わりまして、戦跡ツアーです。

↑戦跡ガイドさんに連れられて、山中の洞穴へやってきました。軍が設置した発電機のための漉し器です。発電機に送る燃料もしくは冷却水から不純物を取り除くものです。現在あらゆるところで使われている漉し器もこんな形をしています。

 小笠原の最終日、午前中はガイドさんによる戦跡ツアーとなりました。私以外に若い兄ちゃんがいました。ガイドさんはご高齢です。でも、足腰はだいぶしっかりしています。

 ガイドさんが運転する車に乗って移動です。ガイドさんのお話の中で「欧米系」という言葉がたびたび出てきました。GHQに占領されていた小笠原諸島が日本に返還されたときに住んでいた欧米系が……という話の流れだったので、「欧米系とは返還前から島にいた住民のことですか」と質問したら当たりでした。戦中に島のほとんどの住民は本土へ強制疎開となりましたが、一部の住民は日本軍の生活を支えるため「徴用」されて住み続けたのです。住民は戦後の占領下で家や土地を奪われつつも住み続けて占領軍から仕事をもらって生き永らえて、1968年の返還後は欧米系と呼ばれたというわけですね。この説明が正しいのでしょうか。

 占領時、住民は日本軍の遺した兵器を集める仕事をしたそうです。占領軍がやるべきことでしたが、住民の生活のために仕事として兵器集めを委託したわけですね。父島や母島に設置された兵器を回収していったのですが、すべてというわけではなく一部が残り、戦跡ツアーなどで見ることができるのです。

↑日本軍は発電機を守るため洞穴を掘って設置していたのです。

↑空気圧縮機。おそらく発電機に送る空気を圧縮する機械です。

↑東京から南へ1000kmと記されています。

↑小笠原諸島森林生態系保護地域にやってきました。

↑国有林なので立入禁止です。

↑立ち入り禁止だけどガイドの同伴があれば入ってもいいのです。ガイドさんは動植物にもかなり詳しい方です。

↑穴拡張のためダイナマイトを入れる小穴かな?

↑ガイドさん。背中に「板長」の文字があります。ガイドさんは、返還後に移住してきたそうです。

↑水瓶?