やくもとうずしおをがっつりと

目指していた国道完走と鉄道完乗は終わりました。日本のすべての国道を走り、鉄道に乗ったのです。

映画「僕だけがいない街」鑑賞感想(ネタバレ)


2016年3月公開
監督:平川雄一
脚本:後藤法子
原作:三部けい僕だけがいない街
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あらすじ:藤沼悟(藤原竜也)は身の周りで何かしらの事件に遭遇した場合、それを解決できるまで何度もその事件の時間帯をループしてしまう。交通事故を防いだ悟はケガを負った。北海道の実家から母がやってきてしばらく彼の自宅にいた。ある日、悟はまたループした。母と買い物しているときのことだった。しかし、そのループはいつの間にかなくなった。母が誘拐事件を防いだというのだ。それからまたしばらくして自宅で母が何者かに刺される。犯人らしき者を追いかけた彼は小学生のときまでループしてしまう。殺された母を助けるには彼の子供時代までさかのぼることとなった。
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 原作未読、アニメもやっているのを知らなくて未視聴ときたもんだ!
 映画が終わったとき周りの話す声が聞こえましたが、結末が大きく違うようですね。
 そもそも、劇中で、その前に、連続少女誘拐殺人の真犯人は悟の担任でした。その担任が偶然悟と同じ千葉に来ていて少女誘拐殺人を続けていたのでした。その担任が雛月の虐待を止めさせた悟の努力に「こんなにがんばったから悲劇で終わっていいはずがないだろ」と言うのです。
 ところが、この映画は悲劇で終わりました。
 もうアホかと思いました。青年の悟が老いた担任を追い詰めます。その担任がナイフで自殺しようとしました。それを止めようとした悟はもみ合っているうちに首を切ってそのまま絶命です。
 なんだ、この結末は。意味ねえし。正義のヒーローは死なないと言いながら親友に抱かれて死にました。
 そんな悟の墓を親友や雛月たちが笑顔で囲んでいる……まるで良い結末かのように。心地よいBGMが流れて……いやいやいや! ちょっと待って! これは悲劇の結末ですから!
 この映画はおかしいところがたくさんあります。子供時代で、担任を疑っている悟はその担任の運転する車に乗るのです。はあ? そのまま車中で担任に向かって「犯人じゃないよね?」と泣きながら言うのです。そのあと担任は当然悟を誰もいないところで殺害します。そりゃあ、そうなるよなあ。
 そのあと青年の悟に戻るとなぜか雛月などは無事であり、彼の母も無事であり、事件は解決したかのようになっていました。ところが、ところが、さらに事件は続いていて、青年の悟が老いた担任を追い詰めるところまでいくのです。
 意味わからんですよ、この流れは。
 片桐が狙われた理由もやや唐突です。
 大人の雛月は妊娠していました。誰の子でしょうか。
 いろいろと唐突でおかしな場面があります。
 原作が良作らしい!というだけで映画を鑑賞したらダメですね。監督の来歴を確認しましたけど、アレな作品がいくつかありました。
 悟とかかわった片桐やケンヤが夢を叶えたり、正義の味方になっていたり、周りの人々を立派にしたという点は良いとして、本人が死んじゃうのはどうしたことでしょうかね。それをまるでハッピーエンドのようにしてしまうのですから、この映画はかなりよろしくないです。
 でもね、この映画は公開初日に行ったら満席でした。1週間過ぎてから鑑賞したのです。それでも映画館は席がほぼ埋まっていました。何がそんなに客を集める要素になっているのでしょうか。
 原作のある映画について、原作どおりに作る必要なんか全然ないと思います。2時間の枠に収めないといけないし、映画は映画なりの結末があってもいいです。ただし、この映画はダメだと思います。