やくもとうずしおをがっつりと

目指していた国道完走と鉄道完乗は終わりました。日本のすべての国道を走り、鉄道に乗ったのです。

映画「清須会議」を観た感想


 2013年11月9日公開
 監督、脚本:三谷幸喜
 原作:「清須会議」(三谷幸喜幻冬舎文庫
 製作:亀山千広、市川南(フジテレビ)

 信長(篠井英介)の死、明智光秀浅野和之)の敗北を経て、織田家の後継者を決めるため1582年7月16日、尾張の清須で評定が開かれることになった。柴田勝家役所広司)と羽柴秀吉大泉洋)はお互いに今後の実権を握ろうと信長の子である三男信孝(坂東巳之助)、次男信雄(妻夫木聡)を擁立しようとして対立する。宿老でありながら関東での戦いから引き上げてくることのできない滝川一益阿南健治)は尾張に戻ってこられない。宿老丹羽長秀小日向文世)が勝家に助言する中、名軍師黒田官兵衛寺島進)の助言を得る秀吉は池田恒興佐藤浩市)を新たな宿老にして助力を要請した。
 その周りで、前田利家浅野忠信)、前田玄以(でんでん)、信長の弟信包(伊勢谷友介)、寧々(中谷美紀)、佐々成政市川しんぺー)らが翻弄される。

 三谷幸喜映画は初めてです。「ラヂオの時間」などまだ観ていません。でも、今回ばかりはどうしても気になってしまいました。宇多丸さんが当てたのもひとつのきっかけになっています。
 戦国〜安土桃山は何度も小説や映像になっています。そこで、新たにこの時代を舞台にするのであればどのように脚色するか、誰もが知る人物を演じるのはどの役者か、という点でしょう。
 それで、一人だけ演者選びを間違えたなと思ったのは信長/篠井英介です。冒頭で信長が「アチチ」と言ったものだからそういうキャラなんだなと思いました。『今度の信長はこれだ!』ということなのでしょう。ところが、その後劇中で家臣や息子たちが語る信長像は冒頭の信長とは大きく異なるものです。慕われているし、当然天賦の才があるキャラなのです。「アチチ!」というセリフと反するのです。誰も見ていないところでは素が出るキャラなのでしょうが、そんな面を知る者がいっさいいないことになります。
 篠井英介に信長をやらせるのは違うと思うのですがねえ。
 まだポスターや予告しか観ていなかったとき、私は信長/篠井英介は絶対違うと思いました。キャスト一覧に伊勢谷友介の名前があったので、伊勢谷友介篠井英介を変えたほうがいいんじゃないかと思いました。ところが、2013年12月7日公開予定の「利休にたずねよ」という映画で伊勢谷友介が演じることになっているではありませんか。では、誰が信長役に適しているのか、なんですが。滝田栄主演NHK大河ドラマ徳川家康」のときの信長を演じた役所広司は無理として、誰がいいのかな。悩みます。
 演技といえば、最後に松姫(剛力彩芽)にニヤリとさせたのがひどいです。下手にも程度というものがあるし、なんとかならないんですかね。もう出すなよ、こいつ。
 あとは、前半で説明セリフが多いのと、尾張弁を話すのが秀吉だけのはおかしいという点です。利家が少し話しますけど。勝家も長秀も恒興も皆尾張生まれの尾張育ちですから。ただ、皆が尾張弁を話していたらそれはそれでおかしな劇になってしまうのかもしれません。
 清須会議は有名な歴史の事実ですから、結果がわかっています。逆転劇にできるわけもなく、結果までの経緯をどれほど面白くできるかというところです。滝川一益は会議に間に合っているという歴史的事実(事実といっても誰が書いたかわからない書物などなどを基にしたことですが)もありますし、間に合うのか間に合わないのかという面白さを加えるなんて無理なわけです。滝川一益が護衛も無しにたった一人で野山を駆け巡る不自然さには呆れました。
 そうすると、全体的にいろいろ失敗していないかな、と思います。会話劇としての面白さはテンポの悪さが感じられますし。とにかく豪華役者陣の演技にこの映画のすべてが掛かっているのでした。そうなると、秀吉やお市がニヤリとしすぎなんですよ。ほかに表現方法がないのか、という。「ニヤリ」以外の演技は良いんですけどねえ。
 堀秀政松山ケンイチ)は役者の無駄使いでした。彼が持ってきた木偶人形は見た目が気持ち悪くて、当時の子供はあんなもので笑うのだなと無理やり納得するしかありませんでした。そもそもお馬さんをしてあげたら喜ぶよという助言は生かされず、でした。
 会議の最後で、紙に書いて投票するのも使わず、でした。いったい何なのでしょう。
 会議を終えて清須を離れる柴田勢に滝川一益が同行しているのは、諸説あるとはいえ少し納得できない部分です。あとは、清須を離れていく柴田勢に秀吉がなんだかんだ言って、まだ画面の中で柴田勢が見えているのに大きな声で本当の企みを叫ぶのはいかがなものか、と。
 それと、おねが「今の暮らしで十分」というセリフですが、秀吉の死後に天下を動かしているくせに(よく言うよ、この女は)という感じです。さすがにこれは映画と関係ないかな。
 個人的には柴田勝家を信じていません。なぜかというと、信長の父信秀が死亡した後で信行を後継にしようと画策しましたから。そのあと信長に敗れて、信行の新たな謀反を信長に密告しています。なかなかの裏切りっぷりじゃないかなと思うわけですよ。良いように取れば、信長に惚れたということなのでしょうが。
 セリフについて、現代的な話し方にほぼほぼ統一しているあたりはまあまあ良かったんじゃないかなと思います。
 スタッフロールは、テレビ屋の映画なのにオトナの事情による主題歌がなく、好印象でした。テンプレみたいな戦の音はどうかと思いますが。
 なるほど、三谷映画はこんな感じかと思ったらダメみたいですね。これまでの三谷映画とけっこう雰囲気などが異なるようですから、機会があれば、ほかも観ましょうか。
(292)