やくもとうずしおをがっつりと

目指していた国道完走と鉄道完乗は終わりました。日本のすべての国道を走り、鉄道に乗ったのです。

18きっぷと横浜をがっつりと 最終回

 3月12日に出た旅は今日3月16日で終わります。18きっぷも残り1日分です。昨日3月15日、朝6時くらいに起きて早い時間の電車に乗ってやろうと思ったのですが、鳴った目覚まし時計を止めて二度寝してしまい、気付いたら6時44分でした。筋肉痛もきついし疲れてるなあ。だいたい、私はよく寝る子ですし、毎日平均8時間は寝ないと無理な子なので、昨日0時に寝て6時に起きようとするのが無茶なのです。まあいいや、とにかく名古屋駅へ行くとしましょう。ものすごく眠い目をこすりながら服を着替えて無理に起きたような感じでごはんを食べることにしました。朝ごはんなんて6日ぶりです。カプセルホテルは寝るだけの場所でして、風呂などは別料金なのですよ。ごはんを食べる場所を持っているカプセルホテルなんてまずないです。たぶん。あったとしても絶対別料金です。ところが、ここはなんと朝食がついているのです。うわ、すばらしい。でもきっとおにぎり2つくらいに決まってますよ。ふたを開けたらビュッフェでした。あら、すばらしい。白飯と食パンとおかずを食べて、コーヒーをすすめられましたがコーヒー嫌いなので断って、名古屋駅へ向かったのでした。
 広小路口から関西本線乗り場へ向かいました。今日は、名古屋駅から関西本線三重県の亀山で乗り換えてまずは大阪まで行く予定です。亀山から先の関西本線は列車の本数がものすごく少ないので乗り換え時間を調べたかったのですが、時刻表を置いている場所を見つけることができず、結局プラットホームまで来てしまいました。ホームには駅員がいるし、駅員に聞けばいいや、ってことです。それで、駅員に「亀山から先の関西本線の時間を知りたいのですが」と尋ねました。すると駅員は小さな時刻表を取りだして時間を調べはじめました。「亀山から先ということは伊賀上野ですね」そうですね、と思いつつ時間を教えてくれるのを待ったのですが、この駅員、関西本線のページを開くのかと思いきや紀勢線のページを開いたのですよ。なんでだよ! 関西本線伊賀上野って言ってんじゃん! 紀勢線は全然違うところに行っちゃうよ! 「ええと、伊賀上野伊賀上野、ないなあ、松阪、熊野市」おいおいおい、松阪、熊野市って、全然違うし! だめだこの駅員、早くなんとかしないと。ホームには亀山行の電車が停まっていまして、結局「とりあえずこの亀山行に乗ってください」ということになりました。ええ、なんだそれ。時刻表を貸してもらって自分で調べようかと思いましたがやりませんでした。あまり時間もなかったですし。
 電車に乗って亀山を目指しました。驚いたのは関西本線が単線だということです。亀山までの途中に桑名、四日市や名古屋郊外の街があるし本数も多いから複線だろうと思っていたのですが。朝の通勤の時間帯だったので駅に着くたびに名古屋へ向かう電車と行き違うのでした。
 名古屋へ向かう電車は大勢乗っていますが、私の電車はまあまあ空いていました。私もボックスシートに座りました。同じボックスシートに座っていた男性がおもむろに尻を浮かせておならをしました。まさか、そんな、堂々と……。
 愛知と三重の間には長良川揖斐川などの大河があるのですがだいぶ増水していました。よほど降ったのですなあ。愛知県を出て三重県の桑名に近づくと並行する近鉄電車のレールが見えてきました。すると近鉄特急が名古屋から桑名のを目指して走ってきたので私の電車と競争するように走りはじめました。なんと、相手は特急なのですが、抜いちゃいました。こっちは普通電車なのですが。いいの? こんなことしていいの? なんか申し訳ないです。ほんの少しだけ早くこちらの電車が桑名に着きました。
 桑名を過ぎると、父の実家です。なぜか緊張する私でした。知ってる人が乗ってきたりしますかね、車窓から何か知ってるものが見えたりしますかね。父の実家には何度も足を運んでいたので、まったく知らない土地ではありません。三重川越の発電所が見えたり、四日市のコンビナートやコンビナート付近の不思議な建造物が見えたりしました。
 桑名を出た電車の中は生徒さんでだいぶ混雑しました。三重に来て親類としゃべっているといとこも全員よくなまっていたのですが、彼ら生徒さんは全然なまっていませんでした。三重県最大の都市四日市を出て、関西本線はもうすぐ分岐するところへ着きます。三重県庁所在地の津方面へ伸びる伊勢鉄道と亀山方面の関西本線へ別れる河原田駅へ到着、生徒さんがどっと降りていきました。彼らは伊勢鉄道に乗るのかと思いきや駅を出ていきました。学校があるのですね。周りには何もないように見えるのですが。それにしても、伊勢鉄道の列車、ちっちゃ! バスみたい。
 ここはまだJR東海です。車掌が駅へ着くたびに長々と「乗降終了」などと大声を出したのですが、河原田駅で乗り降りに時間がかかり45秒の遅れが出ました。車掌が「遅れ45秒、河原田〜分〜秒、定刻〜分〜秒、時刻おーらい」と大声を出していました。ほかのJRみたいにそれを言うのをやめたら45秒の遅れを取り戻せるのではないかと思ったのですが、JR東海の規則ですから曲げられないのでしょうね。
 亀山駅に着きました。世界の亀山モデルとはここのことです。ここからはいよいよJR西日本です。そして、久々の汽車です。しかも1両です。関西本線加茂行です。亀山から先は山の中で、駅間距離も長いです。窓が曇っていて外がよく見えません。途中に加太越えという鉄道としては有名な坂がありまして、汽車はぐいぐいと登っていくのでした。もともと東海道新幹線はここを通るはずだったのです。だって、こっちを通ったほうがかなり近くなっていたのですから。でも、当時の岐阜県ががんばってしまって関ヶ原経由になってしまいました。新幹線が加太越えできないという理由だったのですが、今こうして汽車だって越えてるし、昔の蒸気機関車だってせっせと越えていたので、新幹線に越えられないわけがないです。まあ、この坂も長野〜山梨の小海線に比べたらそれほど大したこともないと思いますが。
 何本か、亀山へ向かう列車と行き違ったのですが、どれも2両です。なぜあっちは2両で、こっちは1両なのでしょうか。
 加茂に着きました。ここは京都府です。ここからは再び電車になります。加茂って山の中なのですが、そんな山に街が広がっていてけっこう大きな駅でした。ここから乗った電車は大和路快速大阪行です。1両からいきなり8両に増えました。大阪行と言いつつ、大阪で停まらずに大阪環状線を一周して天王寺まで走っていきましたけどね。大和路快速に使われている車両は旧新快速です。旧新快速って意味わかんないですけど、JR西日本のスターである新快速で昔使用されていたものということです。加茂を出て、奈良を過ぎて、大和郡山を出たところで寝てしまいました。起きたら天王寺でした。なんか知らないけど電車は遅れていて8分ほど時刻が狂っていました。天王寺の手前の久宝寺駅関西本線の架線にビニルが引っ掛かって電車が停まったようでした。ちなみにこの日と同じ週の日曜日、大阪城ホール水樹奈々のライブがあったのですが、そのときも久宝寺駅付近で関西本線の架線にふとんが引っ掛かって電車が遅れて一部のファンが困ったらしいです。
 そんなこんなで天王寺大阪環状線に入り、一周しました。建てつけの悪い失敗作大阪ドームや改築中の大阪駅ゴジラに破壊されたツインタワーや私も行きたかった大阪城ホールが見えました。
 大阪駅を出て京橋駅に着いたところで女性3人組が何やらこの電車に乗ろうかどうしようか迷っていました。車掌が電車を発車させようとドアを閉めようとしたら女性たちが車掌にゆっくり近づいて「この電車は天王寺へ行きますか」と聞いていました。行くということで、乗ってきました。すると車掌が案内放送で「電車が遅れて申し訳ございません」と言ったのでした。女性たちは「あ、私たちが止めちゃったからだ。悪いことしたなあ」みたいなことを言っているのです。御心配なく。あなたがたのせいで遅れているわけではありませんから。
 天王寺へ着いたら、大阪環状線からにょろーんと出ている盲腸線を攻略しておくことにしました。まだお昼ですし余裕で自宅まで帰る時間がありますし。まずはJR難波駅へ向かい、そのあと環状線に戻って西九条からユニバーサルスタジオのある桜島線に乗りました。USJまでは乗ったことがありますけど、さらにその先の終点である桜島駅までは乗っていませんでしたから、よい機会です。
 桜島駅の改札口を出て、すぐに大阪行の電車に乗って大阪へ向かいました。よおし、まだ時間があるし姫路から姫新線に乗って津山経由で岡山へ行くぞと思って時刻表を調べてみたら、姫新線での乗り換えに40分、津山駅での乗り換えにもかなりかかってしまっていて、電車がまったく接続しておらず、津山経由だと徳島へ帰れないことが判明しましたので断念しました。
 おかしいだろ、姫新線姫新線とは、姫路と岡山県の新見を結びます。途中に、佐用や津山を結ぶのですが、佐用で列車を乗り替えないと津山まで行けません。その佐用での乗り換えですが、姫路発佐用行と佐用発津山行の列車が40分も待たなければいけないのか! もっとうまく接続させろよ。そういうことしないからますます客が減るんじゃないですかね?
 しかたなく、大阪から新快速に乗って姫路へ行き、ただひたすら岡山を目指して、瀬戸大橋を渡って高松へ行き、徳島へ戻ることにしたのでした。姫路まではよく寝ました。網干で電車を乗り換えたのですが、網干駅構内の18きっぷの宣伝で「普通、快速、新快速にご乗車できます」だってさ。なぜ、新快速? 新快速も快速の仲間だからここで宣伝する必要もありますまい。さすがは西日本ですね。ところでね、首都圏のJR線はほとんどの路線の普通電車にグリーン車が連結されています。それも1両どころか2両だったりします。東京って本当に金があるんだな、と思うのですが、大阪にはそれがないわけです。長距離を走る新快速や関空快速大和路快速にはグリーン車がないのです。こういうところにも東京とその他の経済の格差を感じます。
 岡山へ向かう電車に乗りました。通路をはさんだ反対側の座席には若い兄ちゃん2人が座っています。どうやら四国へ向かうようでした。岡山まで向かう間に上郡という駅があるのですが、その駅の名前について話していて、「かみごおりって読むのか」「そうなんだよ」みたいなことを言っています。すると「千代田線で我孫子が……」ということまで言っていて、たしかに我孫子は読めないなあと思いますけど、この2人組はだいぶ地理に詳しいようで。なかなかやるなあ。山の中を走っているのですが、「中途半端に家がある。山に電車は似合わない」なんて言ってたり。なるほどねえ、山は山であってほしいかもねえ。追いコンについても会話をしていたのでどうやら大学生のようです。「こんどの追いコンどうする? 追いコン行くくらいならデート3回行く」って、どんだけそのデート安いねん! もしくはその追いコンどんだけ高いねん! それとも、私は女性と付き合ったことがないですけど、もしかしてデートってものすごく安く済むものなのでしょうか。
 岡山県に入ったところでこんどはちゃらちゃらした男女が乗ってきて残念な会話をはじめました。「カラオケ、チョー、楽しい」うん、それは同意します。私も大好きです。でも、やたらと単語と単語の間から助詞が抜けていて片言の日本語を話しているのです。どう見ても日本人で、そこらへんの高校生ぽいのですが。「Youtubeある、動画、コオロギ、食ってる、見た」って。はあ、そうですか。それはたいへんですね。
 岡山に着くとまだ時間に余裕があったので、すぐには瀬戸大橋線には乗りませんでした。さっきの男性2人組は瀬戸大橋線乗り場へ向かったようです。岡山から伯備線の電車に乗って総社から吉備線に乗って岡山へ戻って今度こそ瀬戸大橋線に乗りました。吉備線では熟睡しました。
 岡山まで戻ってしまうと、私にとっては旅終了って感じです。もう真っ暗ですし。岡山から高松までの瀬戸大橋線、高松から徳島までの高徳線、これと言って何もありませんでした。この旅ではブログを書くためにずっと旅をメモ帳に記録していたのですが、そのメモ帳に使っていたボールペンのインクがほとんど切れてしまいました。ああ、たくさん書いたなあ。文章の下にメモ帳の画像がありますのでよければご覧ください。
 まあ、でも家に着くまでが旅ですから事故のないよう気をつけます。それにしても旅って本当に楽しいです。ここ何年かは旅が現実逃避になって、心が解き放たれるような感覚が強くて、旅が終わり家が近付くと心がげっそりします。明日からまたがんばるぞ、というふうにはならなくて、ああ旅が終わってしまうわあ、ってなってしまいます。こういうところが残念な私です。旅が明日への糧にならないとだめなんですがねえ。旅が逃げ場になってるんですよ。
 というわけで、また旅に出たいです。九州新幹線が全通する前の九州に行きたい、東北新幹線が全通する前の東北に行きたい、なくなる前に急行きたぐに寝台特急日本海に乗りたい、それと、国道も完走してしまいたい、いろいろ行きたいところが多いです。そんな暇があるかしら。
 というわけで、ものすごく長い『18きっぷと横浜をがっつりと』をお読みくださりありがとうございました。

JR亀山駅

関西本線亀山〜加茂を結ぶ汽車。

JR加茂駅。

加茂駅から乗った大和路快速

JR難波駅。大阪の人たちは歩くのが早いから足が消えかかってる。

桜島線USJ塗装の電車。

JR桜島駅

JR総社駅

吉備線の汽車。

はんこでいっぱいになった18きっぷと私の旅を記録したメモ帳。大きさはA5で、7ページが文字でびっしり埋まった。このメモ帳をもとにあとは記憶を掘り起こしつつ『18きっぷと横浜をがっつりと』を書いた。